NBA:スティーブ・カー現GSW-HC | Easewise Manの雑記

NBA:スティーブ・カー現GSW-HC

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前回の記事での引用より、今シーズンのルーディーT賞受賞者がスティーブ・カーだったのですが、そういえばカーのことは何にも述べてませんでした

 

スティーブ・カーといえばブルス、スパーズで3ポイントシューターとして活躍し、その後は解説者やサンズのGMを歴任し、そして現職のウォリアーズのHCとして今も活躍しているということで有名だと思います。

 

スティーブ・カーは93-94シーズンにブルズに移籍してそこから花開いたのですが、88年にNBA入りしてから92-93シーズンまでは泣かずとばずだったと思います。

 

私がNBAを見始めた92-93シーズンでスティーブ・カーを初めて知ったのは、雑誌に載ってたオーランド・マジックの試合(ジャズ戦だったかな?)のレポート記事でした。

シャックを中心にスコット・スカイルズ、デニス・スコット、ニック・アンダーソン、ジェフ・ターナー、ドナルド・ロイヤル、アンソニー・ブーウィー、トム・トルバートといったマジックの面子がその記事で紹介される中、スティーブ・カーは一応1枚だけ姿が写ってたものの、名前すら出させてもらえない存在でした。

この時点ではまだ名前すら知りませんでした。ネットもなかったから調べる手段もなかったですし。

当時読んでたその雑誌には、レギュラーシーズン終了後に全選手のスタッツが載るのですが、そこでようやく名前を知ります。そして、92-93シーズンのカーの平均得点は2点台。他の選手のスタッツとの比較から、PGの優先順位がスコット・スカイルズ→リテリアル・グリーン→クリス・コーチアニのさらに下の4番目のPG扱いだったのかなと推測されました。

 

実はその時まだ3ポイントのパーセンテージがすごい高いことはつゆ知らずで、「こりゃ今シーズンで切られてさようならかな」程度の選手としか思っておりませんでした。

なので、次の93-94シーズンにはもういないだろうと思っており、ブルズの試合放送でカーの姿を見たときには「おっ、ブルズに拾ってもらったのか。よかったね。」という程度の認識でした。

 

ところが、ブルズ入りしてからは結構出番があり、当時出場時間がほとんどなくなっていたジョン・パクソンに代わって3ポイントを入れてました。

「これなら生き残れんじゃん。」そう思いながら、テレビの試合とか雑誌を見てたんですけど、そこでカーの紹介をするのですが、キャリアの3ポイント成功率が〇〇〇(数字は覚えていないけどかなり高い数字)って紹介してたのです。

「ええーーーっ?」結構驚きました。そんなに3ポイント上手い選手がなんでオーランド・マジックだと干されてたの?って思いました。

その後の活躍は皆さんも知っての通りだと思います。結構全身を使って打ってるようなシュートフォームで3ポイントをバンバン決める。本当にキャリアスタッツ通り入ってましたね。

 

有名な97年ファイナル第6戦でMJからボールをもらったジャンプショット。あれでほぼ優勝を決めたわけですが、当時、カーのMJに対するコミュニケーションが妙にぎこちなかったのを覚えています。後にネット掲示板で見たウワサで、チーム練習のときにとてもハードに当たってきたMJにカーが激昂して喧嘩沙汰になったようなのを見たので、その影響かなとも感じました。

 

ただやっぱり、93-94シーズンにブルズ(とフィル・ジャクソンらのコーチ陣)に拾ってもらわなかったらおそらくNBAを去っていたと、今でも思います。そして今に続く輝かしいキャリアもなかったなあと思います。なので、個人的にこれがカーの重要な分岐点だったと勝手に思っています。

最後に余談ですが、

プロレスラーのジョシュ・バーネットって、スティーブ・カーにすごく顔が似てません?ちなみに身長はジョシュの方が高そうに見えるけど、実際の数値はカーの方が大きいと記憶してます。

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